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冨士ベークライト株式会社 和輪話の会

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ありがとうの詩(うた)

冨士ベークライトの社員が、日々の業務や生活の中から感じ生まれた心温まる詩(うた)を編集し、社内で発行を重ねている『ありがとうの詩(うた)』集から、掲載しご紹介しています。

当たり前だった事

年齢・・・20歳代 男性



離れたら大変だったんだと気づく毎日の食事
今まで当たり前のように食べて、当たり前だと感じてた
感謝したことがなかった
かあさん、ありがとう。

今、慣れない食事を毎日作っている
試行錯誤しながらがんばっている
感謝しています
嫁さん、ありがとう。






結婚を機に家を出て生活をしていくなかで、毎日、二人で協力して食事の準備をしながら食事を作る大変さがわかり、その事に対しての感謝の気持ち。


「ありがとうの詩(うた)」第三集 46ページより

家族のみんなにありがとう

年齢・・・36歳 男性



出勤前に毎日玄関まで見送ってくれる子供たちに
ありがとう。
「行ってらっしゃい、気をつけてねー」の言葉、そして
手と手を合わせての『親子タッチ』。
父さんはこんな些細なふれあいでも
「よし今日も一日頑張るぞ」と思います。
これからも毎日の見送りを楽しみにします。

私の非常識な言動をいさめてくれる妻にありがとう。
いつも良きアドバイスを与えてくれることに感謝します。
子供たちの成長に合わせていろんな問題が出てくると思うけど
これからも力を合わせて頑張っていこうな。






毎朝家族の笑顔に見送られて出勤できるありがたみをいつも感じています。
日常の些細な家族とのふれあいが私の元気の源であります。成長するにつれて離れていく子供たち、だからこそ今をたいせつにして今後も妻と共に支えあいながら生きて行きたいと願いつつ家族への日頃の感謝の気持ちをこの詩に託しました。


「ありがとうの詩(うた)」第一集 46ページより

照れくさそうな「ありがとう。」

年齢・・・40歳代 男性



小さな声でぼそり「ありがとう。」
え、何、聞こえんなー。
今度は調子が変な「あ り が と う 。」

小学生の時は、どんな時でも
満面の笑みで大きな声で「ありがとう。」と言っていた息子。

じいちゃん、ばあちゃん、周りの人には
きちんと「ありがとう。」が言えるのに
親には、何か照れくさそうに、恥ずかしそうに
「ありがとう。」を言う息子。

見ていて可笑しい。

実は私も両親に「ありがとう。」と言う時は
少し照れて不自然な「ありがとう。」になってしまう。





両親に「ありがとう。」という時、何だか恥ずかしい気持ちになってしまう息子の様子。思春期を迎え、子供の時とは違う仕草を見て可笑しく思える事。そして感謝の気持ちを忘れてないで成長してくれているので、ちょっと安心している私の気持ち。
皆さんも、両親に「ありがとう。」を言う時、照れくさくないですか?

「ありがとうの詩(うた)」第三集 30ページより

空に向かって

年齢・・・40歳代 女性



土のかおりの風が吹く日
降りしきる雨のなか
肌を突くような陽射しのもと
舞い落ちる銀杏の葉っぱを踏みながら
凍てついたグラウンドのうえ
あの頃はいつもあなたと一緒に走っていました
泣いたり、笑ったり、叱られたり、喜んだり、
めぐる季節の中、かけがえのない日々
なに気なく過ごしていたあなたとの時間が
今もなお、私にいろいろなことを教えてくれます
大人になって、今さらながらに
あなたの大きさを感じます

先生、見えますか?
あなたはひと足早く
あの夏一緒に見た流れ星になってしまったけれど
私はいつの間にか
あなたより歳とってしまったけれど
空は今も、あの頃と同じ色をしています
風は今も、あの頃と同じかおりがします

あなたに出会えたことの偶然に感謝します
きょうも、遠い遠い空に向かって静かに言います
「ありがとうございました」




若くしてこの世を去った高校の陸上部の恩師への想いを綴りました。

高校に入学してなんとなく入った陸上部、そこでこの先生と出会いました。先生曰く、「その年の新入生でいちばん見込みがないと思っていた。」という私でしたが、よき指導者と先輩に恵まれ、みるみる部活のとりこになってしまいました。
そして、いつしか大きな大会に出場できるまでに導いていただき、同時にたくさんの経験と思い出を授かりました。高校生活は、今の自分の礎となる、何物にも代えがたい三年間でした。
卒業から数年後、私が結婚して母となったころ、先生は30代後半で突然亡くなりました。陸上の練習が終わった直後に倒れたとのことでした。

今の自分があるのは、先生と会えたから、そしてその陰には、当時の先生を支えておられたご家族の愛情がたくさんあったこと・・・、大人になって、仕事に就き、家庭を持ってみて、先生はもちろんですが、見えない糸で繋がっていた多くの人たちにも、あらためて感謝するばかりです。

「ありがとうの詩(うた)」第一集 24ページより